敬老する人とは…
皆さま、こんにちは!
今週は敬老の日ウィークですね。
今年は、敬老の日に、私の両親に姉夫婦が新米を贈り、私は実家に帰省して、敬老の日のお祝いに、家族で食べられるようにと、美味しいと評判のお寿司をとりました🍣
私の父は認知症がありますが、お寿司をしっかりと食べてくれ、デザートの梨🍐もしっかり完食してくれました。
母も、「こんな美味しいお寿司、こういう日でもないとなかなか食べられないわね❣️」と、好きなネタを堪能していました。
夕食後、母がこんなことを言っていました。
「お父さんは幸せね。認知症になって、なかなか外に出れなくなっても、上の娘の家族は離れに住んで、自分たちの仕事もしながら、お父さんの面倒を全般的にみてくれる。
次女(私のことです)は定期的に家に帰省して、今回のお寿司や誕生日ケーキ🎂など、私たちの好物をご馳走してくれるし、お父さんを気晴らしにあちこちに連れて行ってくれる、
三女は…ときどき顔を出してお菓子を差し入れしてくれる。私たち夫婦には息子は出来なかったけど、こうして3人の娘に親切にしてもらえて良かったと思っているよ」。
しみじみとそう語っていました。
敬老と書いて、周りの年配の方々を敬うという意味になりますが、私の最も尊敬する人は、父方の祖父です。
祖父が亡くなったとき、私はまだ母のお腹の中にいたのですが、祖父が亡くなるときに大変不思議な事があったと、父とその親族が折に触れて話していました。
祖父は、当時としては平均寿命より長い70代後半で亡くなったのですが、亡くなる数ヶ月前に、偶然、身体の病気を宣告されたそうです。
この事は、祖父だけが宣告され、余命に関しても医師から話があったらしいのですが、祖父は特に体調も変わらず元気で、他の家族には一切、何も話さなかったそうです。
宣告後、祖父は、県境を越えて、遠くの親戚に何ヶ所も会いに行き、「俺は◯月⬜︎日に死ぬので、葬式はその2日後にする予定だから、ぜひ参列してな。」と告げていき、おまけに檀家になっているお寺に自分のお通夜とお葬式の準備・戒名作成を依頼し、まだ生前なのに関わらず、葬儀の費用を葬儀社に渡し、「これこれ、こういう通夜・葬式にしてほしい。」と希望を言っていったとの事でした。
祖父は周りの家族が何も知らない間、体調が辛いと訴えることもなく、とうとう◯月⬜︎日が到来したという時に、「ちょっと風邪みたいだから少し寝ているよ。」と家族に言い残して、その数時間後、亡くなっているのを発見されました。すぐにかかりつけのお医者さまが呼ばれましたが、大往生との事でした。
そのことを聞いた祖父の家族が大層驚いて、すぐ葬儀社とお寺に連絡して、お通夜・お葬式の準備を依頼しようとしたところ、「もう数ヶ月前に、既に故人の方から葬儀の予約を承っておらますので、予定通りに実施いたしますね。戒名も、故人の方に確認していただき、もうOKをいただいております。」という返事が返ってきたそうです。
そう言われて、父を含めた兄弟姉妹、総勢9名やその家族たちは訳が分からず、狐につままれた気分だったそうですが、祖父の死後、近隣に住む方々が、「以前よりお宅の爺さまに頼まれていたから」と、葬儀の手伝いをしに来てくださり、お葬式にははるばる遠くから何組も親戚が集まり、「お宅の爺さまが◯月⬜︎日に亡くなるって自分で挨拶に来ていたから、まさか冗談かと思っていたけれど、本当になったね!!いや、凄いね!」と話しているのを聞いて、私の父を含む家族は、祖父が生前に既に、自分の亡くなる準備をしていた事を知って驚いたとのことでした。
まぁ、それは驚きますよねぇ…。
事情が分かってからは、親戚やご近所さん達から、「お宅の爺さまは、亡くなるに際しても、特に苦しんで患ったりして家族の手も借りる事もなく、面倒な葬儀の準備も自分でして亡くなりなさった。おまけに亡くなる日も当てなさった。凄いことだなぁ!自分の未来が分かっていなさったのかな?」
と言われ、大往生ということもあり、もはやそれほど悲しむこともなく、皆さん、朗らかにお通夜・お葬式を終えたとの事でした。
これが私の生まれる少し前の出来事だったのですが、祖父は、天国から「してやったり❗️」という気持ちで微笑んでいたのではないでしょうか。
普通は泣き悲しむ事の多い葬儀の場を、自分で全て準備を終えて、泣き笑い劇場にしてしまった祖父の豪胆さと勘の強さには、もう「すごいね!」としか言えません。
そういう訳で、私がもっとも「敬老」するのは父方の祖父になります。
今でも実家の仏壇には社長をしていた頃のハンサムな祖父の写真が置いてあり、私たちを守ってくれているような気がするのです。
倫子アイクリニック
松原 倫子